



Wolfgang Tillmans, Flatsedge, 2019. © Wolfgang Tillmans. Fondation Louis Vuitton, Paris
ヴォルフガング・ティルマンスは、これまで一貫して、身体、人々、オブジェなどの脆さを捉えてきました。彼の作品は写真における新しい主観性を象徴し、社会への批判、既存の価値観や制度への絶えることのない問いかけと共に親密性と遊びの要素を組み合わせてきました。
ティルマンスは芸術実践において、常にポートレートを撮り続けてきました。被写体が親しい友人であれ、共同制作者、見知らぬ他人、あるいは著名人であれ、彼のポートレート写真は被写体1人1人の個性を露わにすることによって、稀な心理的強さが宿されます。深く注意を向け、共感を生み出しています。
背後から撮影されたポートレート《haircut》(2007年)は、被写体が特定できないがゆえに、一層の親近感をもたらされる作品です。
《Torso》(2013年)は、タイトルが示すようにトルソを主題とし、古代彫刻にちなんでいます。人体のタイトなフレーミングによって、ミケランジェロの讃えた古代彫像「ベルヴェデーレのトルソ」を参照しているように思われます。「ベルヴェデーレのトルソ」は、15世紀以降その比類のない芸術的価値と断片として残されたその姿が数々の芸術家や人々を魅了してきました。
1986年以降、ティルマンスの作品にはセルフポートレートが登場するようになります。《London Olympics》(2012年)は、一見何気ない瞬間を捉えていますが、非常に複雑なコンポジションです。この写真には、作家自身が2ヶ所に写り込んでいます。前景に彼の脚が見え、後景ではベッドに横たわって鏡にカメラを構えています。この鏡面には、フレーム外の光景が映し出されています。作品の圧倒的なサイズによって、観る者はその風景に没入するかのように感じることでしょう。 もう1点の、やはりグループのワンシーンを切り取った《Summer party》(2013年)は、エドゥアール・マネの名作《草上の昼食》と呼応しているかのようです。
ティルマンスの作品においては、静物画も重要な位置を占めています。《still life, Bourne Estate》(2002年)は、必然的に17世紀のオランダ絵画を想わせる作品です。写し取られた食器、家庭的な佇まいによって、オランダ絵画黄金時代の典型的なコンポジションを彷彿とさせます。本作品と対を成す《still life, Bourne Estate II》(2007年)は、写し出されたWi-Fiボックスと電気ヒーターから現代的な雰囲気が感じられる一方で、岩石や貝殻の存在によって、古典作品の空気も漂っています。観葉植物を被写体とした静物写真《Zimmerlinde (Michel)》(2006年)は、1つのディテールから抽象的にも見えるコンポジションを成しています。作品の一際大きなサイズによって、この拡大された印象が一層強調されています。《hanging tulip》(2020年)ならびに《Flatsedge》(2019年)では、被写体が作品全体を占め、身の回りの些細なものを見つめるティルマンスの視線を非常によく映し出し、写真と肉体的感覚の確かな結び付きを表現しています。
自然は、ティルマンスの作品に頻出するテーマであり、人間と都市との関係性を通じても表現されています。例えば、《Adalbert Garden, Winter》(2009年)や《shoe (grounded)》(2014年)がこのような作品群に属します。
パーティーの名残を捉えた《end of winter (a)》(2005年)では大判印刷作品が中央に置かれており、作家自身のスタジオで撮影された作品群の一部です。ティルマンスにとって、制作アトリエは生きることとアートが交差する展示空間でもあるのです。《himmelblau》(2005年)は空の青色を押し出した、より抽象的で単色の構成で、中庭の建築が写し撮られています。完璧な垂直のショットが建物の垂直構造を凌駕し、廊下を撮影した写真のように仕上がっています。
このたび、フォンダシオン ルイ・ヴィトン主催の「Hors-les-murs(壁を越えて)」プログラムの一環として、エスパス ルイ・ヴィトン東京において、フォンダシオンの所蔵作品を通じてヴォルフガング・ティルマンスの世界を日本の皆様にご紹介いたします。
フォンダシオン ルイ・ヴィトンについて
フォンダシオン ルイ・ヴィトンは現代アートとアーティスト、そしてそれらのインスピレーションの源となった重要な20世紀の作品に特化した芸術機関です。公益を担うフォンダシオンが所蔵するコレクションと主催する展覧会を通じ、幅広い多くの人々に興味を持っていただくことを目指しています。カナダ系アメリカ人の建築家フランク・ゲーリーが手掛けた建物は、既に21世紀を代表する建築物と捉えられており、芸術の発展に目を向けたフォンダシオンの独創的な取組みを体現しています。2014年10月の開館以来、800万人を超える来館者をフランス、そして世界各地から迎えてきました。
フォンダシオン ルイ・ヴィトンは、本機関にて実施される企画のみならず、他の財団や美術館を含む、民間および公共の施設や機関との連携においても、国際的な取組みを積極的に展開してきました。とりわけモスクワのプーシキン美術館とサンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館(2016年の「Icons of Modern Art: The Shchukin Collection」展、2021年の「The Morozov Collection」展)やニューヨーク近代美術館(「Being Modern: MoMA in Paris」展)、ロンドンのコートールド美術研究所(「The Courtauld Collection. A Vision for Impressionism」展)などが挙げられます。また、フォンダシオンは、東京、ミュンヘン、ヴェネツィア、北京、ソウル、大阪に設けられたエスパス ルイ・ヴィトンにて開催される所蔵コレクションの展示を目的とした「Hors-les-murs(壁を越えて)」プログラムのアーティスティック・ディレクションを担っています。これらのスペースで開催される展覧会は無料で公開され、関連するさまざまな文化的コミュニケーションを通じてその活動をご紹介しています。
ヴォルフガング・ティルマンス
1980年代後半以来、ヴォルフガング・ティルマンスは写真やイメージ制作の境界線を拡張する作品群を展開しています。ティルマンスの写真作品は、テープで壁に貼り付けられたり、クリップで吊るされたり、額装されて展示され、肖像画、静物画、風景画といった伝統的なジャンルに立ち戻ります。その他にも、コピー機を活用したり、カメラを使用せずに暗室で抽象的な作品を制作してきました。
フォンダシオンは、2007年以降ティルマンスの作品を迎え入れ続け、現在30点を超える作品を所蔵しています。このたび、東京においてコレクションから厳選した作品をご紹介できる運びとなりました。
2000年、ティルマンスはテートが毎年主宰するターナー賞を受賞しています。これは、イギリス出身ではない写真家・アーティストとしては初の快挙となります。2021年、ウィーン・ルートヴィヒ財団近代美術館においてヴォルフガング・ティルマンスの大々的な個展が開催され、2022年の秋にはニューヨーク近代美術館において大規模な回顧展が催されました。日本国内では、2015年に大阪の国立国際美術館においてティルマンスの個展が開催されています。