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CURRENT EXHIBITION

JESUS RAFAEL SOTO - PENETRABLE BBL BLEU

December 7, 2018 – May 12, 2019

Jesus Rafael Soto, Pénétrable BBL Bleu (1999, ed. Avila 2007). © Adagp, Paris 2018

エスパス ルイ・ヴィトン東京では、フォンダシオン ルイ・ヴィトンによる「Hors-les-murs (壁を越えて)」プログラムの第6弾として、今は亡きアーティスト、ヘスス・ラファエル・ソトによるインスタレーション《Pénétrable BBL Bleu》をご紹介いたします。本プログラムは過去3年にわたり、東京、ヴェネツィア、ミュンヘン、そして北京のエスパス ルイ・ヴィトンにおいて、未公開のコレクションを展示してきました。国際的なプロジェクトを通じて、その活動を広く一般に公開するというフォンダシオンの意向を、こうした展示を通して実現してきたのです。

ヘスス・ラファエル・ソトはキネティック彫刻や大規模なインスタレーションで最もよく知られた、ベネズエラ出身のアーティストです。1923年にシウダ・ボリバルで生まれたソトは1950年にフランスへ渡り、戦後のアバンギャルドモダニズムに傾倒し、抽象芸術界の一員となり活動しました。1951年にサロン・デ・レアリテ・ヌーベルに参加した他、1955年にはマルセル・デュシャン、アレクサンダー・カルダー、ヴィクトル・ヴァザルリらと共にギャルリー・ドゥニーズ・ルネでの「Le Mouvement (運動)」展に関わったことが、彼の抽象芸術へのこだわりを示しています。1960年代後半には、知覚を揺さぶるような錯覚性を特徴とするその作品群により、キネティック・アートを牽引するアーティストとして知られるようになりました。すべての作品を通じて純粋な抽象性、色彩理論、そして背景と前景との間に働く力を表現しながら、ソトは一貫して、マルティプル(工業的に複数生産される作品)の問題、そして視覚的な動きを通して空間を変容させる可能性に関心を向けてきました。彼のキャリアはいくつかの作品シリーズに特徴づけられます。1950年代からはプレキシグラスに絵を描くことで視覚的錯覚を生み出し、その後、1963年からは《Ecritures》(筆跡)シリーズで3次元空間における身体的実験へと移行していきました。ソトの初期のキネティック・アート作品である《Vibracións》(振動)シリーズは1960年代を通じて続き、鉄線を使ったり棒を吊り下げたりして、空間に振動や音を生み出しました。そして、有名な《Pénétrable》(浸透可能なるもの)シリーズの制作は1967年にはじまり、彼のキャリアの終盤まで続きました。《Pénétrable》シリーズの各作品は、没入型のインスタレーションとして制作されました。何百もの細い垂直な棒を空間に吊り下げて作り上げた集合体から成り鑑賞者は誘い込まれ、その中を浸透していくことになります。「知覚可能な空間の顕現」とソト自ら形容したように、彼は数多くのバージョンを生み出すなかで、音(聴覚) を含む様々な知覚的体験を盛り込みました。それぞれの作品の形状や色の反復によって生じる動きの「印象」は真の視覚的錯覚に取って代わられ、その視覚的錯覚は作品の振動的・動的な衝撃を高めていきました。オプ・アートからキネティック・アートへと変遷する中で、最終的には芸術と鑑賞者との関係性をも変容させていったのです。

今回エスパス ルイ・ヴィトン東京は、フォンダシオン ルイ・ヴィトン所蔵のコレクションから、象徴的な作品である《Pénétrable BBL Bleu》(1999年、ed. Avila 2007年)を公開します。展示空間を覆う《Pénétrable BBL Bleu》を前に、人はただ観るだけではなく参加を迫られます。鑑賞者は作品の中を通り抜けることで、その動的で視覚的な作用に没入することができるのです。《Pénétrable》シリーズを通じて、ソトは、空間は空虚な場所ではないことを私たちに想い出させ、実際に素材に触れる体験によって、目に見えないものを感じとらせるのです。

フォンダシオン ルイ・ヴィトンについて

フォンダシオン ルイ・ヴィトンは現代アートとアーティスト、そして現代アーティストのインスピレーションの源となった重要な20世紀の作品に特化した芸術機関です。フォンダシオンが所蔵するコレクションと主催する展覧会を通じ、幅広い多くの人々に興味を持っていただくことを目指しています。カナダ系アメリカ人の建築家フランク・ゲーリーが手掛けたこの建物は、既に21世紀を象徴する建築物として価値を認められており、芸術の発展に目を向けたフォンダシオンの独創的な取り組みを体現しています。2014年10月の開館以来、400万人を超える来館者をフランス、そして世界各地から迎えてきました。
フォンダシオン ルイ・ヴィトンは、フォンダシオンにて実施される企画のみならず、他の財団や美術館を含む、民間および公共の施設や機関との連携においても、国際的な取り組みを積極的に展開していくことを掲げてきました。とりわけモスクワのプーシキン美術館とサンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館(「Icons of Modern Art: The Shchukin Collection」展)やニューヨーク近代美術館(「Being Modern: MoMA in Paris」展)、ロンドンのコートルド美術研究所などが挙げられます。また、フォンダシオンは、北京、ミュンヘン、ヴェネツィア、東京に設けられたエスパス ルイ・ヴィトンにて開催される所蔵コレクションの展示を目的とした「Hors-les-murs(壁を越えて)」プログラムのアーティスティック・ディレクションを担っています。これらのスペースで開催される展覧会は無料で公開され、関連するさまざまな文化的コミュニケーションを通じてその活動をご紹介しています。

ARTIST

《Petit Pénétrable》(小さな浸透可能なるもの)の中にいるヘスス・ラファエル・ソト
個展「ソト」ザグレブ現代美術館、クロアチア、1970年
Photo: MSU Zagreb Courtesy
© Adagp, Paris 2018.
© Archives Soto

へスス・ラファエル・ソト

へスス・ラファエル・ソトはベネズエラのシウダ・ボリバルで1923年6月5日に生まれ、2005年にフランス・パリで生涯を終えました。1942年から1947年にかけてカラカスの造形美術学校で学び、1950年までベネズエラ・マラカイボの美術学校の校長を務めた後、パリに移住し、1975年からはカラカスにもアトリエをかまえました。パリではヤコブ・アガム、ジャン・ティンゲリー、ヴィクトル・ヴァザルリの他、ギャルリー・ドゥニーズ・ルネと関係するアーティストたちやヌーヴォー・レアリストたちとの交流を深めました。1955年には、事実上キネティック・アートの誕生に繋がったパリのギャルリー・ドゥニーズ・ルネでの展覧会「Le Mouvement (運動)」に参加。その頃から永きにわたり、ソトの芸術は幾何学的形状と有機的形状の間で揺れ続けることになりました。1957年まではより動作的な抽象性に傾いたソトでしたが、1965年には幾何学的な作品へと明確に回帰します。時を同じくして、彼は《Pénétrable》シリーズの作品に代表される、ナイロン、パースペックス(アクリル樹脂)、鋼、工業用塗料といった工業用素材や合成素材を使った、より直線的で動的な構造の制作をはじめたのです。

ソトの作品は、世界中の数々の主要個展で高く評価されてきました。パリ市立近代美術館(フランス、1969年)、シカゴ現代美術館(アメリカ、1971年)、ソロモン・R・グッゲンハイム美術館(アメリカ・ニューヨーク 、1974年)、現代彫刻センター(東京 、1986年)、神奈川県立近代美術館(1990年)、埼玉市立近代美術館(1990年)、ブリュッセル・ランベール銀行(ベルギー・ブリュッセル 、1999年)、ポンピドゥー・センター(フランス・パリ、1979、2013年)、ヒューストン美術館(アメリカ・テキサス、2014年)。この他、彼の作品は1963年にブラジルで開催されたサンパウロ・ビエンナーレやヴェネツィア・ビエンナーレ(1964、1966年)など、主要なグループ展で披露されています。

ARTWORK

《Pénétrable BBL Bleu》

1999年
PVC(ポリ塩化ビニル)、金属
366.5 x 1000 x 470.5 cm
Courtesy of the Soto Estate and Fondation Louis Vuitton

グループ展「動く彫刻」、ラコスト城、フランス、ラコスト(2011年6-9月)
© Archives Soto © Adagp, Paris 2018

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